西南之役民衆殉難者惻隠之塔

 

日新公じっしんこういろは歌

令和4年に建立された

「西南之役民衆殉難者惻隠之塔」に

先駆けること5年、

「西南之役官軍薩軍恩讐を越えて」と

題された塔が建てられています。

読んで字の如く、

敵味方恨みっこなしで、

慰霊している塔であり、

「建立の理由」に記されているのが、

島津義弘のお爺ちゃん、

日新公じっしんこうと称される島津忠良が作り、

後に薩摩藩士が受けた

郷中ごじゅう教育」の中核となった

「いろは歌」の一首です。

5年ほど前、

僕たちは日新公のお墓に参り、

初めて「いろは歌」を知った時、

「心に刺さるユーモア満載の歌」

という位の受け止め方でしたが、

さにあらず(笑)

薩摩武士の形を成す、

大切なものだったのです。

西南之役官軍薩軍恩讐を越えて(石塔)

二つの石塔は、

南州墓地と西郷南州顕彰館の

間の芝地に建っています。

公園の案内には記されていませんが、

結構重要だと思われる慰霊碑なので、

追記して貰えれば嬉しいかな?(笑)

真ん中左側の石塔が「恩讐を越えて」、

右側が「民衆殉難者」になります。

「恩讐を越えて」に参拝。

「西南之役官軍薩軍恩讐を越えて

建立の由来」

以下、全文です。

「西南の役は、

明治の近代国家建設途上における

国内最後で最大の内戦である。

明治六年十月、

いわゆる遣韓論に破れた

西郷隆盛の下野により、その端緒を開き

明治十年二月十五日に出軍、

同十年九月二十四日をもって終焉した。

参戦した兵力は官軍六万人薩軍三万人。

両軍合わせて

一万四千余人の戦死者を出した。

熊本城の攻防戦、高瀬の大会戦、

田原坂の大激戦などが、

つとに有名である。

日本人同士が、親子が、

兄弟が、竹馬の友が、

血涙山河を濡らす悲劇的戦いに

数多有為の人材を失ったこと

今もなお惜しみてあまりある。」

「回向には 我と人とを 隔つなよ

看経はよし してもせずとも」

「島津家中興の祖と仰がれる日新公

(島津忠良)の「いろは歌」である。

日新公も加世田別府城の戦い、

島津義弘の木崎原や

島津義久の耳川の戦いに続き、

島津義弘。忠恒(のちの家久)親子は

和歌山の高野山に”朝鮮之役”など、

それぞれに敵味方の区別なく

高麗陣敵味方戦死者供養碑」を建立し

戦没者を懇ろに供養した。

両軍相対峙した必死の戦いも、

互いの奮闘をたたえ

戦没者を敵味方の別なく供養する

「博愛慈悲の精神」は

武士道の精華として感銘を与えている。

ここに西南之役百四十年、

明治維新百五十年を奇貨として

国の安寧と世界の平和を希求し、

先人の労苦に思いを馳せ、

もってその遺風を

後世に伝えるものである。」

僕たちはここに記された、

島津義久が耳川の戦い後に建てた

宗麟原供養塔と、

島津義弘・忠恒親子が建てた

高野山の供養碑に参拝していますが、

それらが建立された根本精神には、

「いろは歌」があったという事、

現地ではその考えには、

及んでいませんでした・・・

ここを訪問し、ようやく理解でき、

これで一つ、

島津通?になれたかも知れません(笑)

西南之役民衆殉難者惻隠之塔

次は「後輩」の塔へ。

西南之役民衆殉難者惻隠之塔。

「西南之役民衆殉難者惻隠之塔建立の由来」

以下全文です。

「怨親平等の心を今に」

「いつの世においても、

戦いは当事者は勿論のこと

民衆の犠牲者が存在することを

忘れてはなりません。

田や畑は荒らされ、家は焼かれ、

逃げまどう戦場において流れ弾にあたるなど、

無辜の犠牲者も戦場の悲惨な現実として、

私たちは語り継ぐ責務を

感じなければならないと思います。

この戦いがなければ、

平穏な人生を送られた人々で

あったろうと思うとき、

なおさらに、その無念のほどを

察しないわけにはまいりません。

ここに、西南之役145周年にあたり、

その殉難者の冥福を永久に祈り、

国の安寧と世界の平和を希求し、

もって、

怨親平等の精神を後世に伝えるものである。

令和4年9月24日(西南之役145年)」

これもやはり、

日新公の「いろは歌」の精神に通じますね!

闕を辞す碑

この界隈の石造物で

一番絵になる場所に建立されているのが、

こちらになります。

桜島をバックにしていて、

ここは石碑の特等席ですね!(笑)

「闕を辞す」とは、

西郷隆盛が下野する際に詠んだ漢詩で、

政治の中枢を辞するというような意味で、

漢詩を超訳すれば、

「この場で自分だけ意見が違う、

ごちゃごちゃ言ってるが、

それは核心を分かっていないから。

でも先々私が正しかったことが

証明されるだろう」

こんな感じでしょうか。

他人の動向に左右されず、

誰しも自分の信じた道を行く事は、

後悔しない人生を送る秘訣でしょう。

なので西郷さんの決断は

大正解だと感じています。

 

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