田戸神社(陸軍伊良湖射場跡)
移転しなかった理由・・
陸軍の伊良湖射場の建設には、
地域住民や建物の移転が必要で、
先に参拝した伊良湖神社も
例外ではありませんでした。
しかし、田戸神社は、
射場の中枢であるにも関わらず、
移転されていないようなので、
基地内に住む軍人の心の拠り所として、
そのまま残されたのでしょう。
もしかすると、
「移転は嫌だ」という
神様の意思表示のようなものが、
あったのかも知れません(笑)
いずれにしても、
ここに井戸神社があり、
戦争遺構も残されていることは、
貴重な事実です。
哨舎
神社近くには案内がありますので、
まずはこちらを書き出します。

「陸軍伊良湖射場」
【実射試験場の「陸軍伊良湖射場」】
「陸軍伊良湖射場は、
火砲の性能向上にともない、
1901(明治34)年、
日本陸軍の大砲の実射試験場として
設置された施設です。
正式名称は
「陸軍技術研究所伊良湖試験場」で、
大砲・弾薬の研究や効力実験、
弾道研究、採用検査などが
太平洋戦争終結時まで行われていました。
陸軍が使用する大砲や弾薬の多くが
ここで試験審査を受け、
戦地へ配備されていたのです。
施設敷地は、この付近を中心に
西山・伊良湖地区(一部)を含む
広大なものでした。」
【今でも残る射場施設】
「伊良湖射場跡には、気象塔兼展望塔
(通称:六階建)や無線電信所、
点在する観測所などの施設があり、
ここには、射場内へ侵入する人たちを
警戒するための哨舎や
射場敷地(軍用地)と
民有地を区分するための
境界石柱(銘:陸軍省所轄地)が
移設されてあります。
また、近く田戸神社入口には
正門の柱が残されています。」
海軍で言えば、
魚雷発射試験場のような施設ですね。
やはり出荷前の製品検査には
万全を期していたのでしょう。

哨舎と「陸軍省所轄地」の標柱。
そして僕たちを出迎えてくれたのが、
こちらのお二方です。

ホシベニカミキリ。

タマムシ!
なんでお二方とも無機質なコンクリが
お好きなんでしょうか?
そんなことはさておき、
この素晴らしい歓迎っぷりで、
僕も妻もテンションMAXに(笑)

向かって右上のカミキリと
右下のタマムシと一緒に妻敬礼!
田戸神社/戦争遺構
先ほどの案内の一部を拡大してみました。

田戸神社がいかに中枢部なのか、
よ〜く理解できますね。

正門の柱。
左の道路は「元軽便鉄道の線路跡」、
右が参道入口です。

境内はまるで森!

社号標と燈籠。

竹っぽい節のある青銅鳥居。

ここからは木造鳥居が、
80mほど続いています。

手水舎。

昨年奉納の木製鳥居もあります。

境内社っぽいお社に参拝。
御祭神等は不明です。
そして少し行き、
参道左側を見ると・・・

大きなコンクリの塊を発見!

ガッチリしています。

反対側から。

こちらが地下への出入口のようです。

こちらの穴は、
「信管検査施設兼展望台の基礎」かと
思われます。
あの六階建ができるまでの展望は、
この木造櫓だったと
何かに書かれていました。

再び参道へ。

木漏れ日が気持ち良い拝殿前。

コンクリ製っぽい燈籠は、
ちょとレアでしょう。

玉砂利が敷かれた拝殿。
なかなか珍しい光景ですが、
これは「お礼に持ってきた石」のようで、
何のお礼かと言えば、
「イボがとれたお礼」です。
ここはイボ神様として有名らしく、
イボに悩む方が、
神社の石を持って帰り、
イボが取れたら石を倍にして戻す・・・
このような習慣があるそうです。

いつものツーショットで〆。
イボの悩みは無いものの、
この時の僕たちの最大の悩みは、
ペコペコになったお腹を
どう満たすかということでした(笑)
だが、
この直後、素敵な昼食と出会う事に!
これって、
田戸神社の御神徳に違いありません。